佐賀地方裁判所 昭和28年(わ)81号 判決
本籍並びに住居
佐賀県佐賀郡大和村大字尼寺一〇五四番地
九州電力株式会社佐賀営業所書記(休職中)
八木昇
(日本電気産業労働組合佐賀県支部執行委員長)
大正十年十二月十四日生
本籍
佐賀市材木町二丁目二二八番地
住居
同市同町二丁目九七番地
九州電力株式会社佐賀営業所工務員(休職中)
横尾重雄
(日本電気産業労働組合佐賀県支部常任執行委員)
大正十二年九月十八日生
本籍並びに住居
同県神埼郡蓮池町大字古賀二九九番地
九州電力株式会社佐賀営業所神埼出張所工務員(休職中)
馬場久仁夫
(日本電気産業労働組合佐賀県支部常任執行委員)
大正十二年七月二十二日生
本籍並びに住居
同県佐賀郡新北村大字寺井津四六五番地
九州電力株式会社佐賀支店営業課工務員(休職中)
宮田保
(日本電気産業労働組合佐賀分会書記長)
大正十一年七月十日生
右四名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、監禁並びに強要被告事件について、当裁判所は、検察官森崎猛出席の下に審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人八木昇を懲役六月に、
同横尾重雄を懲役五月に、
同宮田保、同馬場久仁夫を各懲役三月に処する。
但し、被告人等に対しいずれも本裁判確定の日より各一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、証人丸毛敏夫、同山田袈裟雄、同池田光男に支給した分を除き全部被告人等の連帯負担とする。
本件公訴事実中、不法監禁の点は無罪。
理由
(一) 罪となるべき事実
被告人等はそれぞれ肩書に記載したように九州電力株式会社に籍を有し、昭和二十七年十二月当時において、被告人八木昇は日本電気産業労働組合(以下電産と略称)佐賀県支部の執行委員長、同横尾重雄は同支部常任執行委員、同馬場久仁夫は同支部拡大執行委員兼電産神埼分会執行委員、同宮田保は電産佐賀分会書記長であつた。電産は電気事業に従事する労働者を以て組織する単一組織の労働組合であつてその構成は、北海道、東北、東京中部、北陸、関西、中国、四国、九州の各電力株式会社によつて組織された電気事業経営者会議に対応して中央本部を、右の各電力会社に対応して地方本部を、各電力会社の都府県支店に対応して各支部を、各現場(営業所、電力所、変電所、発電所等)に分会を置き昭和二十五年以来前記九電力会社及び電気事業経営者会議と統一労働協約を締結しており組合の下部組織は上部組織の指令によつて行動することになつていた。元来、電産における争議中の賃金について労務不提供の部分につき、現実に賃金を差引くとの慣行が労資間に確立されたのは昭和二十五年頃であるが、九州電力株式会社(以下九電と略称する)と電産(九州地方本部管内)の間においては、電気事業における争議の特殊性よりして同年から翌二十六年にかけて幾度か行われた争議において争議による労務不提供の部分に相当する賃金の差引(以下スト賃差引と略称)はいずれも少くとも争議中にはこれを実施せず争議終了後その都度九電本店と電産九州地方本部との話合で差引をしていたのであつて、幾度かの争議を経て漸次スト賃差引基準等についても両者間に自らルールができつつあつた(尤も昭和二十六年十二月四日に妥結した争議の際のスト賃については両者の話合により年末の関係もあつて争議不参加者をも含めて概算で一律に五百五十円を同月二十五日支給の本格賃金から差引いて後日精算したという特例があつた)。次いで、昭和二十七年に至り九電本店は、電産九州地方本部の要請を容れ同年五月より会社は個々の組合員について一応差引くべきスト賃の計算をするが、個々の組合員より現実にスト賃の差引は行わず差引くべきスト賃と同額の金銭を会社において立替補填して給料全額を支払い(これを立替払という)争議終了後電産九州地方本部よりスト賃相当の立替金を一括して返済を受け以て精算を遂げることとし、爾来同月より始めて同年七月、十月、十二月一日と四回にわたり右の方法によりスト賃差引がなされて来た。そして右いずれの場合もスト賃差引基準の適用、差引の対象人員及び時間等の決定にあたつては、会社側と組合側とがあらかじめ双方において調査した各資料を持寄つて照合し折衝の上で差引くべきスト賃(前記四回の立替払については、厳密にいえば組合より返済すべき各個人分のスト賃立替金)を決定していたのであつて、これを要するに昭和二十五年以来昭和二十七年十二月一日までにスト賃差引の方法、態様については種々の変遷があつたが、少くとも、争議中に支払われる給料から個々の組合員がスト賃を現実に差引かれたことはなかつた、というのが実情であつた。
電産は、昭和二十七年五、六月以来経営者側すなわち、電気事業経営者会議に対し本格賃金改定及び新統一労働協約の締結を要求して団体交渉を続けていたが、両者の主張は対立して譲らず同年九月頃遂に交渉は決裂するに至つたので同月十六日より争議に入り自動車運転拒否、文書発受信拒否、上部連絡遮断電源スト、完全職場放棄等のいわゆる実力行使を波状的に実施、被告人等はそれぞれ冒頭掲記の地位に応じ右争議を指導し、或はこれに参加していたものである。
ところが、九電は右電産の大規模な争議の対抗策として、スト賃差引の従来の慣行に反し、争議中の同年十二月八日本店労務部長の名において各支店長に対し「今後は従来行つたスト中賃金の立替支払を止め、各人毎に計算し各人の給与より差引く、同年十一月二十一日以降十二月五日までのスト中賃金は、十二月十五日支払の賃金より差引け」という通牒を発し、同時に本店社長名を以て電産九州地方本部にスト賃の立替払をとりやめる旨通告した。そこで電産九州地方本部は急遽右通告の趣旨を電産各支部に連絡すると共に同月九日「十五日給料全額支払について、徹底的な団交を行え」「全事業所スト中賃金計算ならびに差引業務を拒否せよ」との各指令を相次いで出したのであるが、右の上部指令を受けた電産佐賀県支部においては、会社のスト賃差引が現実に実行されれば全組合員の三分の一近くは十二月十五日支払分の給料が零又は僅かに二千円以下の小額になるという状態にあつたので、被告人八木、同横尾等支部執行委員は同月十日下部の各分会に対し「十五日給料の全額支払について徹底的な団交を行え」と指令する一方、同月十二日被告人宮田等佐賀分会の執行委員も出席して佐賀市唐人町所在の九電佐賀支店(以下支店と略称)新館支店長室において支店長鬼丸新、支店次長兼労務課長丸毛春生等との間にスト賃差引の件等について団体交渉を開始したのであるが、その席上支店より初めて立替払取り止めに関する前記九電本店よりの通牒の趣旨を正式に通告されたので「年末にスト賃を差引かれては困るし、十五日の給料日までに差引基準の適用、スト賃の具体的認定について従来の慣例に従い、支店側と資料を持ち寄つて照合及び話合をしこれを確定することがとうてい不可能なことは従前の例に徴して明白であるから、従来通り立替払をして貰いたい、それができないなら支店の準備金又は保管金を一時貸付けて貰いたい、それもできないなら支店側において組合に融資の斡旋をして欲しい」等と繰返し要求したが支店長は「本店の厳重な指示であるから、いずれも承諾できないこと、スト賃に関しては支店長に権限はないから団交を打切る」と言つて組合(電産佐賀県支部及び佐賀分会を合せて単に組合と呼ぶこととする)の申入れた翌十三日の団交継続要求に対しても明確な返答をしない儘帰宅してしまい、同日の団交は結局もの別れとなつた。その間被告人八木、同横尾等組合幹部は意外に支店長の態度が強硬なので急遽坐り込み戦術をとるべく同日下部の各分会に対し「十二月十三日正午より支店の支店長室において無期限坐り込みを実施する為その要員として各分会毎に二名を派遣せよ」との指令を発し闘争態勢を強化した。ところが、翌十三日被告人馬場を除く被告人等組合幹部は日曜(十四日)を挾んだ十五日の給料日を控えて早急にスト賃差引問題を解決したいと前日の団交継続を期待して鬼丸支店長の出勤を待期していたところ、いち早く、組合側が徹底的団交実施の為に場合によつてはその圧力によつて支店長等を団交場所に釘付けにして引き留めるかもしれないという情報を得ていた鬼丸支店長及び丸毛次長は同日朝営業課長古賀義弘、庶務課長山路芳雄等と相談の上うつかり出社すれば組合側の激しい団体交渉のため右のように支店内に留め置かれ本店との連絡を遮断され、ひいてはスト賃差引業務を妨害されるとの判断を下した結果、所在を秘して佐賀市内の旅館に居を移してこれを会社側のスト対策本部として支店には姿を見せなくなつたので団体交渉の相手を失つた組合側は同支店長等の態度に強い不満を持つに至り同日正午頃より佐賀市の九電佐賀支店新館支店長室においてさきの指令に基く坐り込みを実施する一方(被告人馬場はその一員として参加の為支店に出頭した)組合員を動員し、同日出勤した各課長等の応援をも要請して極力支店長、次長の行方を捜したがその所在が判明しない間に同日夜までにその日出勤していたスト賃差引業務担当の課長、係長等も次々に姿を消し、結局庶務課長山路芳雄、送電課長犬飼貞晃、発変電課長太田松亀内の三課長が被告人八木、同横尾、同馬場を初め坐り込み組合員の要請を拒み切れず支店長等不在の間の支店代表という恰好で支店に居残ることとなつたのであるが
第一、昭和二十七年十二月十五日朝前記支店長室において、その日出勤した経理課長吉田隆一に対し、被告人等は他の組合員と共に「本日の給料支払に当つては従来のようにスト賃を立替払してくれ、それが出来ねば経理課長個人で銀行から金を借りて融通してくれ」等と要求したが、同課長が頑強に拒否するので、更に当日出社していた土木課長広滝源治、配電課長吉丸庄助及び十三日夜以来支店に居残つていた前記山路、犬飼太田の三課長をも含めた右課長等全員に対し「他の課長にも責任がある、本日の給料支払について何等かの手を打つか、組合の立場を考えて課長全員で協議してくれ」と申し向けて支店長室から引揚げたところ、残された課長達はいずれも「協議の余地はない、会社の既定方針通りやろう」と話合い、吉田課長においてかねて準備していた「昭和二十七年十二月後期分の給料は佐賀中央銀行松原分室で同月十五日午前十時半から午後三時までに支払う」旨の支払場所変更の告知書を支店長室外側大広間の壁に貼つて掲示した。ところが、間もなくこれを見つけた組合員の知らせにより被告人八木、同横尾は予期に反した同課長等の仕打に副執行委員長久米文夫等と共に激昂して新館に駈け込み、久米が右告知書の鋲を外していたところ、被告人八木の「俺が責任を持つからそれを引破れ」という声に応じて被告人横尾が傍からこれを引破り被告人八木、同横尾及び久米副執行委員長等を先頭にしてこれに一足遅れて被告人宮田、同馬場等が他の組合員二十数名と共にこれに続き、先頭の八木等において口々に「お前達は何だ、これが協議の結果か」「組合を余りなめるな」等と怒鳴り乍ら支店長室に駈け込んだのであるが、激昂した被告人等は互に意思を通じ、被告人横尾において吉田課長及び吉丸、太田両課長等の肩を順次手で突き、被告人八木は「前進の為の協議の返答がこれか」と言い乍ら吉田課長の前面からその首を両手で押し上げ、被告人宮田は山路課長の上着の襟を掴んでゆさぶり、被告人馬場は吉田課長の外套の襟を掴んでゆさぶり、以て数人共同して暴行し
第二、吉田課長等に対する前記の暴行騒ぎが一先ずおさまつた後、被告人等は他の組合員等と共に再び右吉田外四名の課長に対しスト賃差引に関する組合側の要求について再考慮を促したが課長等は如何ともしがたい、とこれを拒否するので「それなら支店長の所在を教えてくれ」ときびしく追及した結果、鬼丸支店長及び丸毛次長の所在が判明するや、直ちに被告人横尾、同宮田等は右支店長等の所在場所に赴き同日午後四時半頃同人等を支店新館に同行して来た。当日は給料支払日であつたため、組合執行部及び坐り込み要員の外多数の組合員が出勤しておりこれらの組合員は組合執行部の指図で右新館内に詰めかけその数二百名位に及んでいたのであるが、支店長及び次長が新館の支店長室に入るや被告人八木は、早速支店長に対し、団交の続きをやる、と前提してスト賃差引の点につき、前記十二日の団交の場合と同様の要求を繰り返し支店長が前同様権限外を理由にこれを拒否する間に詰めかけた組谷員の中より「支店長の声が小さい、大広間に引出せ」と叫ぶ者があり多数の組合員も同調して口々に「出ろ出ろ」と言うので会社側も組合役員等も隣室の大広間に移り支店長、次長及び各課長等と被告人八木、同横尾、同宮田を含む組合執行部員が相対峙して着席し、被告人馬場は組合執行部員の背後に立ち、前記二百名位の組合員がこれを摺鉢状に取り巻き後方の者は椅子、机等に上つて立つているという状況の下で団体交渉が始まつたのであるが、被告人等は組合執行部員等と意思を通じ約二時間に亘り支店長に対し、前同様被告人八木において「従来通り立替払をして貰い度い、それが出来ないなら会社の金を貸して欲しい、それも出来ないなら支店長の裁量で組合の為融資の斡旋をして貰いたい」としつこく要求し、その間周囲の組合員が「馬鹿野郎」「おいこら鬼丸顔を上げろ」などと口々に野次を飛ばして喧騒する中で多衆の威力を示し、交々「てめえには女がある、女と関係しているではないか、我々の要求を拒むならここでばらしてやろうか」「あくまで本店の既定方針に従つてスト賃を各人の給料から差引けば今晩家に帰ろうと思つたら間違いだぞ、本当に血の雨が降るかもしれぬ」「打殺せ」「馬鹿野郎」等と申し向け、同支店長の身体自由、又は名誉に害を加え兼ねない気勢を示して脅迫し、強いて組合の右要求を通そうとしたが、支店長が応じそうにないのを見て小委員会の開催を提案し、これに賛成しかね躊躇していた支店長等が「やれやれ」という組合側の勢に押されて前記支店長室に入るや、同支店長が畏怖しているのに乗じてあくまで組合の要求事項を承諾させるべく被告人横尾及び前記久米副執行委員長、書記長岩永正が組合側の小委員として出席し、会社側の鬼丸支店長、丸毛次長及び吉田経理課長等に対して引続き大広間におけると同様の要求を繰り返し、その間壁一つ隔てた大広間には被告人八木、同宮田、同馬場等を始め前記組合員大衆が依然待機して見守る状況下に被告人横尾等の強い要求が続き遂に大広間の前記脅迫に因り畏怖した支店長をしてその義務がないのに拘らず組合のため金融の斡旋に協力することを誓約せしめ以て義務なきことを行わしめたものである。
(二) 証拠の標目(略)
(三) 弁護人等の主張に対する判断
第一点、判示第一の暴行否認の主張について
弁護人等は判示第一の事実につき、この点の真相は当時酒に酔つた部外者の大坪林三老人が詰めかけた組合員の間を押し分けて支店長室内部に闖入し被告人八木と久米副執行委員長の中間をかき分け吉田課長の向つて右側の空椅子に両手を拡げ落ち込むようにして坐つた為、大坪に押された被告人八木が吉田課長の方によろめく間にたまたま右のような恰好で坐り込んだ反動で大坪の手が吉田課長の首の辺りに当つたので、同課長や他の目撃者等は恰も被告人八木において吉田課長の首を締め上げたかのような錯覚を生じたものと思われるし、大坪老人は直ちに組合員から室外に引出されたが、その際多少の混乱が起つたのでその他の被告人等も大坪老人入退室の際の混乱中に過つて吉田課長その他在室の課長連に手を触れたかもしれない、しかし、これは故意に因るものではないから被告人等の判示暴行は全てその事実がない旨抗争し、被告人等の当公廷における各供述並に組合員の資格を有する各証人即ち久米文夫、前川孟、徳久一男、鍋島胤俊、山下英雄、香月辰美、津田正芳のこの点に関する証言はこれを裏書きするかのようであるけれども、受命裁判官のした検証の現場において当の大坪林三は「私は、支店長室に入つて吉田課長の東側の空椅子に坐つた、室には吉田、吉丸、犬飼の各課長と小出係長がいたが、暫くすると、話が普通と違うし、その場の空気もおだやかでないので一寸おかしいなあと思いドアーの処から大広間に出ていたところ暫くして組合の人が四名位どやどやと緊張した顔で新館の入口から入つて来て支店長室のドアーの西側の壁の貼紙(二尺四角位)を一人が声高くなんとか言い二人がぱつと剥いで支店長室に入つたが暫くすると声高く怒鳴るのが聞え一、二分して若い人が二、三十名どやどやと新館に入つた、すると非常にやかましい怒声がしたので私は支店長が引張つて入れられたか知らん、あんなに乱暴なことを言う必要はなかろうになあと思つて支店長室に入つて行きドアーの近所の人を押し分けて空いていた吉田課長の東側の椅子に当り前の恰好で坐つた、その時その椅子の前には人はいなかつたので何の邪魔もなく腰かけられた、私が組合員に「上司に向つてそんなに荒々しく言わんでもよいではないか」と言うと四、五人から「お前何しに来たか」と乱暴に喰つてかかられむごい目にあつて室外に放り出された、その日私は一合位酒を飲んでいたが、自宅から歩いて来た位で余り酔つてはいなかつた」旨同人が支店長室に入つた際の状況を比較的詳細に証言し、少くとも、同人が吉田課長の隣りに着席する際の状況は弁護人等の主張する事実と相当相違し、同人の手が吉田課長の首に触れたという事実はなかつたことが認められるばかりでなく、吉田、吉丸、太田、山路の各課長も亦それぞれ被告人等から判示のような各暴行を受けた自己の体験事実を繰り返し供述し、かつ大坪老人が支店長室に入つて来たのは、同課長等が被告人等より暴行を受けた後である旨を一致して供述している(同人等の公判並に検証現場における各供述記載及び各検察官調書の供述記載)。右の供述は、同人等が本件の告訴人であり、かつ会社側に立つ者であるということを考慮に入れても、判示暴行の有無に関する証言に関する限り真実性があるものと認められるのであつて、これに、被告人等が判示告知書貼布の挙に出た右課長等に対して一様の憤懣の念を抱いて支店長室に駈け込んだ判示の状況事実を併せて考察すれば、弁護人等の右主張は理由がなく、判示のように真実故意に因る被告人等の各暴行がなされたものと認定せざるを得ない。
尤も、右課長等は大坪老人が支店長室に入つて来た時期について、その証言に一貫性がなく、当初は右暴行後に行われた再協議の為の休憩後組合側が再び入室した際と証言していたが、前記大坪証言の後に至つて、それ以前の最初の協議の為の休憩後のことであつたと各自己の証言を訂正した事実はあるが、これは大坪林三の前記証言に見られる如く、同人は実は支店長室に時期を異にして二回入つて来ているのであつてしかもスト中賃金差引に関する組合側の要求のため前後二回休憩があつたことから(この点は、被告人等の当公廷における供述による)同課長等に記憶違いがあつた結果の訂正と認めざるを得ないのであつて、この点について右証言に一貫性がないという事実のみから同証言の信憑性を全面的に否定することは出来ない。
第二点判示脅迫と強要との間には因果関係なし、との主張について
弁護人等は、判示第二の事実について、仮に新館大広間で鬼丸支店長に対し、被告人等による脅迫(つるし上げ)がなされたとしても、その後スト賃差引問題については更に別室において双方の小委員会による団交がなされ、約一時間乃至一時間半に亘る交渉を経て支店長の任意かつ自由な判断に因る判示協定の受諾があつたのであるから、少くともこの協定成立に当つては右のつるし上げはその原因をなしていないとみるべきであつて両者の間に因果関係はない、と主張する。
なるほど判示金融斡旋に関する協定が大広間における被告人等の脅迫がなされた後、組合側の小委員会提案により別室の支店長室において約一時間半に亘る交渉の末成立するに至つたことは時間の点を除き判示に認定したとおりであるが、果して弁護人等の主張するように脅迫との間に因果関係が中断されたとみるべきであろうか、十二月十五日の大広間における団体交渉に際し、鬼丸支店長に対してなされた脅迫の模様、並びに同支店長等会社側が大広間より組合側の勢に押されて支店長室に入り、被告人横尾等組合側小委員よりスト賃差引の点につき、大広間におけると同様の要求を受けるに至つた経過、右協定が成立するに至るまで壁一つ隔てた大広間には被告人八木、同宮田、同馬場等を始め組合員大衆が依然待機し交渉の模様を見守つていた事実は判示に認定したとおりであつて、小委員会とはいつても脅迫行為の伴つた大広間における交渉に引続きなされたものであり(この点に関する証人鬼丸新、丸毛春生、太田松亀内、吉田隆一、犬飼貞男等の証言記載―当公廷―によると約二時間に亘る大広間の交渉の間支店長に対する前記脅迫や野次等に相当長い時間が費されたことを認めることができる)かつ、場所も別室とはいえ右の如く単に壁一つ隔てた隣室であり支店長等は大広間になお組合員大衆が待機していることを認識していたのであるから、鬼丸支店長が大広間における右脅迫に因つて畏怖したならば時間的ならびに場所的関係からみて同支店長は小委員会を要求されて支店長室に入つた後もなお引続き右脅迫行為に因る畏怖の状態に在つたものとみるのが条理にかなう見方であつて、現に同支店長も前記証言においてこのことを肯定する趣旨の供述をしている。
そして、同支店長が判示金融斡旋の協定を成立せしめるに至つたことが、右脅迫に因る畏怖の結果であつたか否かにつき、同支店長は前記証言において「組合側から強要され別室で小委員会を持つたのであるが、その時私は組合側の要求を容れないと本当にどんな事態が起るかわからない、どんな暴力行為が行われるかもしれないと思つて金融斡旋に協力しようと申し入れたのである。
判示のようなつるし上げを受けた結果金融斡旋の協定書を作つたわけであるが、これは本店の指示に反しており支店長としても重大な責任を負わねばならぬおそれがあつたので平穏であればそんな無茶な協定はしない」旨証言しているので、これが信用し得るものであれば弁護人等の右主張は理由がないこと明かとなるのである。
ところで前示会社側の各証人(丸毛、太田、吉田、犬飼)の証言記載を綜合すると、十二月十五日の前記大広間における団体交渉においては鬼丸支店長、丸毛次長のほか、太田、犬飼、吉田等の各課長も列席していたのであるが、同人等は判示の脅迫が行われた為、このまま放置すれば如何なる危害が支店長に及ぶかもしれない、と畏怖し、一様にかかる事態の発生を危虞していたので、小委員会形式の交渉が始まつた後支店長と共にこれに臨んだ丸毛次長等のかような心理状態に基く助言が或る程度支店長のした本件協定の受諾に影響を与えていることが窺知できるし、当時支店長等会社側幹部はいずれもスト賃差引問題については、たとい組合に対しスト賃相当額を会社において一時立替えて支払うということでなく、支店長が他から金策してこれを組合に貸付け、或は組合の金借につきこれを斡旋する等のことを約束することもすべて本店の判示立替払禁止の通牒の趣旨に反するものと判断したことが認められるので、支店の最高責任者たる鬼丸支店長が判示金融斡旋の協定を受諾するには、後日本店より右通牒に反する行為に出たことにつき責任を追及される場合があることを十分覚悟しなければならないのは当然である。
(同支店長は後記のように既に後日かかる事態が起ることを予想して協定書の形式をいかにするかにつき心を痛めていたのである。)
従つて同支店長が従来の態度を変え、首肯すべき理由もないのに任意に判示の金融斡旋協定を受諾するとはとうてい考えられないのであつて、前記に認定した各事実関係を考慮に入れて考察すると、判示脅迫に因つて畏怖した鬼丸支店長が小委員会に持ち込まれた後、組合側の強い要求を受け、同席の丸毛次長等の前記のような心理状態に基く助言もあつて遂にこれ以上組合側の要求を拒否すれば、どんな害悪が生ずるかもしれぬと危虞した結果、判示の金融斡旋を誓約したとみるのが最も自然であつて鬼丸支店長の前記証言は信用すべきものと考える。
尤も小委員会に入り協定成立までに弁護人等主張のように可成の時間を要しその間交渉がなされたことは判示第二の事実認定の資料に供した証拠により明かであるが、これらの証拠によると、同支店長等会社側は前記のように本件の金融斡旋もスト賃立替払禁止の本店通牒に反するものと判断していたので本店に対しては秘密協定とすることを組合側に申入れ、右協定成立後組合側の要求によつてこれを書面に作成するに当り、同支店長は後日このことが本店に知れる場合のことを顧慮した結果、恰も会社側が法律上金融斡旋の義務を負担するような組合案による表現形式をそのまま受け入れず当該部分の表現を変更するにつき折衝を重ねこれに可成の時間を要したことが窺えるから協定成立までに弁護人等主張の如く交渉に相当の時間を費したという事実のみでは判示脅迫との間の因果関係を否定する理由にはならない。
なお小委員会形式での交渉中に被告人八木が大広間から顔を出し「いつまでもぐずぐずするとまた組合員が騒ぎ出すぞ」などと言つた事実があり(前記鬼丸証言)このことも事情として無視し去ることの出来ない一事実である。
これを要するに本件においては、やはり大広間における被告人等の鬼丸支店長に対する脅迫行為が判示金融斡旋に関する協定成立の原因をなしていると認むべきであつて、弁護人等の主張は理由がない。
第三点、違法性乃至責任阻却事由の主張について
次に弁護人等は、(1)本件の被告人等の所為は労働組合法第一条に掲げる労働条件の維持改善の目的を達成するためにした団体交渉その他の正当な行為であるから同法第一条第二項の規定により刑法第三十五条の適用を受け犯罪は成立しない。
(2) 被告人等が会社の一方的認定によりスト中賃金の差引を受けることは正当な権利に属する給料請求権の侵害となり、また一面組合の団結権団体交渉権の侵害ともなるので自救行為により自ら救済するため本件の所為に出たもので罪とならない。
(3) 当時会社のとつた行為は争議中に数年来の慣行を一方的に破毀してスト賃を各人の給料から差引く旨を通告し、支店長は組合の団交申入れに対し僅かに一回でこれを打切り所在をくらまして団交を拒否し(不当労働行為)その間十二月十五日の給料日にスト中賃金の一方的差引を強行せんとしていたのであり、これを放置すれば賃金差引の結果組合員の生活に重大な脅威となるのみならず組合の団結権に対しても重大な侵害となるので被告人等は会社側の右のような急迫かつ不正な侵害に対し、自己や組合員の権利を防衛する為やむを得ず本件の所為に出たものであつて正当防衛が成立する。
(4) 仮に当時、会社側のとつた行為が不正とまではいえないとしても、右は刑法第三十七条の「現在の危難」であつたことは争うべからざる事実であるから、被告人等としては自己又は組合員等の財産又は団結権に対する現在の危難を避けるためやむことを得ずして本件の所為に出たものであつて、緊急避難行為として違法性を阻却する。
(5) 更に吉田経理課長等支店の課長に対し多少の暴行がなされたとしても、その程度は微々たるもので組合側は右課長等が後進の為一応協議することを承諾しながら組合に何等回答することなくいきなり告示書を貼つたことによつて、これに対する不満が爆発したとみるべきであり又鬼丸支店長に対し、多少の脅迫乃至つるし上げがなされたとしてもその内容は同支店長が支店長としてのいわば公人の立場上好ましからざる態度をとつたということに関連しており、当日は給料支払日でその為集つた組合員がようやく姿をあらわした支店長を取り巻きそれまで姿をかくしていたことに対する不満を述べることは人情の自然であつて被告人等はこの組合員の気持を代弁したまでであり、いずれも当時の具体的状況上いわゆる期待可能性なき行為として犯罪の責任を阻却する旨主張している。
よつてこれを検討するのに、判示事実に受命裁判官の鑑定人吾妻光俊に対する尋問調書を併せて考察すると、電産と九電との間にはスト中賃金の差引は少くとも争議中にはこれを実施しないという取扱が相当長期に亘つてなされ、殊に九電のした本件スト中賃金差引通告前四回は組合との協定によつてその都度差引額相当分を立替えて支払つていたというのであるから、少くともこの取扱は右四回に亘る立替払に限つてみても本件労資間において一応の慣行となつていたものといつて差支えないであろう。
してみると会社がかような慣行を廃止するについてはこの点につき組合との団体交渉を経由すべきであり亦少くとも組合から団体交渉の申入れがあつたときはこれに応ずべきであつて、かかる手続を経ることなく一方的に廃止の通告をすることは労働法上違法か否かは兎も角として少くとも妥当を欠く措置というべく、しかも広範囲な争議がなお継続中で、年末を目前に控えた時期に九電が突如として此の挙に出たことは判示の如くいわゆるストライキ対策とみられてもしかたがないのであるから被告人等の組合が会社側のかような措置に直面し「十二月十五日の給料全額支払について徹底的な団交を行え」との上部指令に従つて同月十二日鬼丸支店長との間に前記のように団体交渉をし、同日は物別れとなつたので更に団交の継続を申入れたことは、組合の団体交渉権に基く団体行動として正当というべきであつて会社側が正当の理由なくしてこれを拒否することは許されないものと解すべきである。
しかるに、同支店長は既に十二日の団交の際、本店の指令によりスト賃差引問題については、その権限がないことを理由に団交を打切る旨宣言しているのでこの点がその後組合のした団交継続申入れに対する拒否の一理由となつているのではないかと思われるが、支店長は支店に関する限りいわば会社の窓口ともいえる立場に在るのであるから、支店の従業員としては支店長を通じて賃金その他自己の利害に関する事項につきこれと交渉し得るのは当然であつて支店長としてはこれらの事項につき妥結の権限があるか否かは別として一応誠意を以て交渉に当り組合の意向のみは十分に聴取すべく亦自己に権限がなくともその意見を本店に具申して処断を仰ぐことは可能であるから、権限がないことを理由に団交の申入れを拒否することは少くとも不穏当である。
ところで鬼丸支店長及び丸毛次長等は判示の理由から十三日以後支店に出勤せず、姿をかくしてひそかにスト対策本部を別個に設け組合の前記団交継続申入れを拒否したのであるがこのことは本件各犯行の少くとも一誘因をなしていることは否定し得ないところであつて本件労資の双方にとつて極めて遺憾なことであつた。ともあれ鬼丸支店長等支店首脳部が当時の情勢判断からその後の組合側の不穏な攻勢を憂慮して右のような措置をとるに至つた経緯については或程度これを理解し得るところであるが、さりとて当時の客観的情勢下よりして一回の形式的団交を以て事足れりとしてその後の交渉に応ぜずかかる思い切つた措置に出ずること以外に他に方途がなかつたと断定するには些か躊躇せざるを得ない事案のように思えるのであつて(この点の判断は判示事実のほか、なお判示認定の資料に供した各証拠による)支店長の団交継続拒否は明白に不当労働行為と断定することはできないとしても、その疑があるものといつてよい。
かような状況から被告人等組合側が支店長等支店首脳部に対して強い不満を感じていたことは十分肯けることであつて十二月十五日の給料日当日を迎えスト賃差引問題についてしきりに焦慮していたのであろうことも亦想像に難くないところであるから同日支店において更に吉田経理課長等に対し、右の問題について従来の団交におけると同様の要求をして団交をなし、次いで同課長を追及した結果、所在の判明するに至つた鬼丸支店長及び丸毛次長等を支店に伴つて来て同支店長に対し、十二日の団交の継続を強く要求して交渉に入つたことは後記のようにその方法において行過ぎの点があつたとしても一応これを団体交渉と認むべきであつて単なる大衆交渉とみるべきではない。
さて以上に認定した諸事情の存在は果して弁護人等所論のような各違法性阻却乃至責任阻却事由を肯定することになるであろうか。
(一) 労働組合法第一条第二項の規定は、同条第一項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ刑法第三十五条の適用を認めたに過ぎず勤労者の団体交渉において刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまでその適用があることを定めたものではないのであつて(昭二四、五、一八最高裁大法廷判決)暴行又は脅迫の所為を手段とする強要罪が成立する場合においても同様である。
これを本件についてみるのに判示第一の所為が数人共同の暴行罪従つて暴力行為等処罰に関する法律第一条の違反罪を構成することは疑なく、また判示第二の所為についてみるに、弁護人等はそのような事実はないし、当日の団交の模様は脅迫を以て論ずるような状況ではなかつた、という趣旨の主張をしているけれども、団体交渉は本来労働者の団体が使用者に対しその団結の威力を利用して自己の利益の為の主張を貫徹しようとする権利であるから交渉を有利に導くため、単なる団結の威力を示すに止る限りは法によつて許された行為としてこれに可罰的非難を加えることはできない。
そしてこのことは、交渉の場に労働者の団体が臨席した場合においても統制と秩序が保たれる限り同様であるが、本件において被告人等は約二百名に上る組合員が摺鉢状に周囲を取巻く状況下に団交を開始したのであつて、その際支店長等が両三日来姿をかくしていたことや支店長の不誠意に対する反感が伴つていたとしても約二時間に亘る交渉の間に周囲の組合員が口々に「馬鹿野郎」「おいこら鬼丸顔を上げろ」などと野次を飛ばして喧騒する中で判示のように支店長の身体自由、又は名誉に対して危害を加えかねない言動をし強いてスト賃差引に関する組合側の要求を通そうとしたのであつて、殊に証拠によれば(証人鬼丸新、丸毛春生、太田松亀内、吉田隆一、犬飼貞男の当公廷における証言記載)右の交渉の間、支店長に対する判示脅迫的言辞や野次等に相当長い時間が費やされたことを認め得るのみならず、被告人等はその間前記のように喧騒する周囲の組合員を制止した形跡はなく、かかる無秩序の大衆を意識しこれを背景としてあえて判示の所為に出たものというのほかはないから、それはもはや単に団結の威力を示すに止らず多衆の威力を示したものであり、前段に認定したように組合の継続団交要求を拒否したことと、その他において多少遺憾の点があつた鬼丸支店長に対する非難的言動としても、また同支店長を相手とした団交における組合の態度としても社会通念上いずれもその許される限度を超えたものというほかなく、脅迫を以て目すべきである。
してみると判示第一、第二、の暴行並に強要の点について労働組合法第一条第二項により刑法第三十五条の適用ありとする弁護人等の主張は採用し得ないこと前記の解釈上明白である。
(三) 刑法の解釈論として正当防衛及び緊急避難以外に自救行為を緊急行為として認め得るか否かは議論の存するところであるが、自救行為とは一定の権利を有するものがこれを保全するため、官憲の手を待つのいとまなく自ら直ちに必要の限度において適当な行為をなす場合を謂う(昭和二四、五、一八言渡最高裁大法廷判決、但し傍論)のであるから、少くとも権利の救済のためそのような手段に出でたことが適当であつたということが要件となるのである。
(相当性)してみると判示第一の吉田課長等に対する暴行については自救行為の理論を容れる余地のないこと判示自体から明白であるし、また、前段に認定した諸事情があつたとはいえ、被告人等が自己やその所属する組合の権利を保全するために判示の如く鬼丸支店長を脅迫して判示金融斡旋を誓約せしめたことはその手段においてとうてい適当とはいえないから、これまた自救行為としてその違法性を阻却するとの所論は採用し難い。
(三) 次に正当防衛及び緊急避難が成立するためには前者につき「急迫かつ不正な侵害」が後者につき「現在の危難」がそれぞれ存在することを要し、後者のそれも結局は危難の急迫なることを意味するものと解すべきであるから、いずれにしても侵害や危難が真に差し迫つた急迫な場合であることを要件としているのである。
しかるに、被告人横尾の当公廷における供述並びに押被第九号の記載によると、会社側の通告に係る十五日のスト賃差引が現実に行われるときは電産佐賀県支部所属の組合員中給与零の者百十九名、二千円以下となる者二百九十二名その他相当額を差引かれる者多数という状況であつたことを認めることができるが、被告人八木、同横尾等の当公廷における各供述や証人岩永正(第十六回公判調書)同永田藤春(第二十一回同上)同犬山斌(第二十二回同上)の各供述記載を綜合すると、組合においては、執行部の努力にも拘らず支店長等との団体交渉が実を結ばず結局前記支店の通告通り十二月十五日の給料日にスト賃を差引かれるという最悪の事態をも予想し、右差引額を約三百万円と見込んで金策に努力した結果、友誼組合等よりの一時借用金を含めて当時約二百五十万円は確実に金策の見込がついており残り五十万円位についても融通を受け得る希望があり、一方電産においては争議の都度スト中賃金等については全国的に一種のプール計算が行われていたのでスト賃差引の打撃も平均化されていた事実を認め得るから、右差引の対象とされた組合員に対する財産上の侵害又は危難もそれほど急迫していたとはいえない状態に在つたとみてよいし、また、スト中賃金の立替払を廃止するという会社の前記通告は組合の団結権に重大な侵害を与えるというけれども労務不提供の分についての単なる一回の賃金差引措置によつて組合の団結権に急迫かつ不正な侵害や危難があるとはいえず、要するに右主張も亦理由なきに帰する。
(四) 団体交渉においても、相互に相手方の人格、自由、名誉等の個人的法益が尊重せらるべきことは極めて当然のことである。
本件においては前段に認定したとおりスト中賃金の差引に関する組合側の団体交渉による要求に対し本店の厳重な指示がなされていたとしても、会社側が組合側に対してとつた態度において妥当を欠く点があつたため、組合の感情を刺戟したことはこれを認めざるを得ない。
しかし、被告人等が支店の責任者ではない吉田課長等各課長に対し同人等の執つた判示告知書の貼布という措置を憤慨して共同してこれに暴行を加えたことはその暴行の程度を考慮に入れても行過ぎというべく、また鬼丸支店長に対し、同支店長が姿をかくしていた点について多少の非難的言辞を弄することは、当時の情勢上やむを得ないとしても、被告人等が判示の如く多数の組合員で同支店長を取巻き、多衆の威力を示して約二時間に亘る交渉の間に同支店長を脅迫し、畏怖した支店長をしてその義務がないのに判示金融斡旋に協力する旨を誓約させたことはこれまた不当に支店長の人格、名誉、自由を侵害したものであつて、前段に認定した事実関係に鑑みれば右脅迫の程度は支店長に対する非難としても許される限度を超えたものであり、また組合の主張を貫徹するために用いられたものとしても、当時の状態上やむを得なかつたものということはできないから(判示脅迫は、証拠上右のように支店長に対する非難と組合の要求貫徹との二様の動機に出たものと認める)吉田課長等に対する判示暴行と共にとうてい弁護人等のいわゆる期待可能性なし、との主張を容れることはできない。
これを要するに、弁護人等の右主張はいずれもその理由なきに帰するのでこれを採用しないが、これらの主張を判断する前提として前段に認定した諸事情はいずれも被告人等の後記量刑の判断に当つての情状として斟酌した。
(四) 法令の適用
被告人等の判示所為中、第一の暴行の点は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、第二の強要の点は刑法第二百二十三条第一項、第六十条に各該当するので、前者につき懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、各被告人につき、同法第四十七条第十条を適用していずれも犯情の重い強要罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人等を主文第一項掲記のとおり量刑処断すべく、各被告人共情状に鑑み刑の執行を猶予するのが相当であるから、同法第二十五条第一項に従い主文第二項掲記のとおり執行猶予の言渡し、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条に従い証人丸毛敏夫、同山田袈裟雄、同池田光男に支給した分を除きその全部を被告人等に連帯負担させることとする。
弁護人等は、暴力行為等処罰に関する法律はその立法趣旨に鑑み、本件のような憲法により団結権、団体行動権を保障せられた労働組合の組合活動に基く行為には適用すべきではない、と主張するけれども、同法は第一条第一項に定めるような特殊な形態による暴行その他の暴力的行為に対しては刑法の一般規定に比し刑を加重し以てかような犯罪の発生を防止する意図の下に制定された特別刑罰法規であるからその取締りの対象は専ら右のような犯罪行為者そのものにあるのである。
されば、行為者が仮に労働組合等の団体に所属し、その団体の活動としてこれを犯した場合であつても同法の適用を免れることはできない。
所論の如くこれを反対に解し、単に刑法の一般規定を適用することは却つて法の下における平等を保障した憲法の趣旨に反するのであつて、労働組合の団体行動権の刑法的保護は労働組合法第一条第二項を以て賄うべきである。
よつて、右主張は採用しない。
(五) 無罪部分の判断
本件公訴事実中、不法監禁の点すなわち「被告人等は、昭和二十七年十二月十三日当日出勤した九電佐賀支店庶務課長山路芳雄、同発変電課長太田松亀内、同送電課長犬飼貞男等に対し、鬼丸支店長等の身代りとして支店に残留するよう要求していたが、同夜十時半頃右三課長が帰宅のため支店新館より退出しようとしたところ、坐り込み中の労組員二十数名と意思を通じて右課長等の前に立塞り或は右新館出入口に人垣を作つてピケを張る等多衆の威力を示し、口々に同課長等を罵倒した挙句「支店長、次長が来るまでは会社の代表であるお前達は絶体に帰さぬ」旨申向けて同課長の身体又は自由に害悪を加うべきことを告知して脅迫し、翌々十五日午後二時頃までの間同所において同人等の身辺を厳重に監視するは勿論、支店の表門及び裏門にも監視者を配置し、右三課長をして支店構内からの脱出を不能ならしめ、以て不法に監禁した」との訴因について検討を加える。
被告人等の当公延における各供述、証人山路芳雄(第四回公判調書)同太田松亀内(第六回同上)同犬飼貞雄(第八回同上)同森田一正(第十一回同上)同前川孟(第十二回同上)の各供述記載を綜合すると、昭和二十七年十二月十三日相次いで支店に出勤した山路、太田、犬飼、等前記三課長は、その日鬼丸支店長が姿をかくして支店に出て来ないので同夜八時半頃共に残つていた小出係長が姿を見せなくなつた後も、なお前記新館大広間に残つていたが午後十時半頃揃つて帰宅すべく、その日隣室の支店長室で坐り込みを行つていた被告人等組合員に退社する旨を告げたところ被告人八木は、「何帰る」と言いながら、大広間に出て来て山路等三課長の前に腕を組んで立ち塞り支店長室に向つて「中に居る者は出て来い」と叫ぶと共に右三課長に対し「会社側は朝から一人減り二人減りして誠意がない、支店長、次長が会社に姿をあらわすまでは帰さぬ」と言い、この間被告人横尾、同馬場を含む坐り込み員二十名位もどやどやと出て来て机と机との間の通路、窓際の通路等に立ち、一寸見るとピケを張つたような態勢になつたのでやむなくその儘残留することとし、翌々十五日まで夜間も泊つて支店に残つていた事実を認めるに十分である。
ところで、右監禁の訴因は、脅迫を手段とするものと思われるが、山路等三課長に対してなした被告人等(但し、宮田を除く)の右の言動は果して脅迫といえるであろうか、この点を今少し検討するのに判示事実認定の資料に供した被告人等の検察官に対する各供述調書、被告人等の当公廷における各供述に判示認定事実を綜合すると、被告人等の所属する電産佐賀県支部は十二月十五日支給の給料については徹底的な団交を行え、という上部指令を受けていたのでこの問題について十二月十三日も前日に引続き団交をなすべく、その日出社しない鬼丸支店長の行先を極力探したが判明しないうちに組合の要請で支店長探しに出掛けた各課長、係長は次々と姿を消し、結局山路等三課長のみが夜に至るまで残つていたので、同課長等も同様の行動に出ることになると結局支店幹部は全部姿を消すこととなつて支店長の所在をつきとめるためのいわば手がかりを失うのみならず、形式的にも右の上部指令を実行に移し得ないことになる等の考慮から、被告人八木、同横尾等は組合の幹部として坐り込みのため来ていた被告人馬場等の組合員と共に前記のように右三課長に対し支店長等不在の間の支店の代表として同課長等の残留を要請するため前示の行動に出たものであつて、右課長等とこれらの組合員との間に二、三の押問答がかわされたとしても、口々に怒鳴つたりして騒ぐという状況ではなかつたことを認めることができるから、かような事実関係から考えると、被告人等の右の行動は当時における被告人八木、同横尾等の地位に鑑みて前記認定の方法程度では訴因にいうように多衆の不法な威力を示して脅迫したという場合には当らない、すなわち右被告人等が組合員と共に三課長の前に立塞つた点は、同課長等に対して会社に残留を要請する組合員の一致した気持を団結の力で示すための団体行動とみるべきであつてこの程度では多衆の威力を示したとはいえないであろう。
また被告人八木の三課長に対する前記の発言もその場の状況からみて多少強い調子のものであつたことはこれを認めないわけには行かないが、特にその言葉自体は害悪の告知たる脅迫文言ということはできない。
一方被告人八木、同横尾、同馬場等において、当時果して三課長等を支店に引留めるためこれに脅迫を加えてまであえてこれを実行しようという積極的な犯意があつたことを認め得る証拠はないし、脅迫の犯意につき仮に認識主義をとるとしても、前記のように本件が労働組合の行動であるということを考慮するならば前段に認定した状況下で果して右被告人等にこの点の犯意があつたかどうかも甚だ疑わしいところといわなければならない。尤も、山路等三課長は当時の心理状態について「実際我々は三人向うは大勢であるのでそれを無理矢理に押しのけて出ようとすれば相手は昂奮しているし朝から支店長の行方かわからないで激昂している折からであるのでどういう乱暴を受けるかわからないと思い向うの言うなりになつた」(山路証言)(私達は相手の見幕が荒いのでその儘残ることにした。(同人の検察官調書)
「横尾委員かがお前達は卑怯だ、帰ることはならん、といつて犬飼、山路両課長の手をとつて火鉢の横に坐らせたので私は逃げるようにして一応支店長室に入つた。そして椅子に腰かけ、今夜も帰られないなあと一寸悲しい気持になつた」(太田証言)「……その場の空気から帰ろうとすれば組合は相当昂奮しているので暴行を受ける心配があるし、多勢に無勢で力は及ばぬとわかつた」(同人の検察官調書)「電燈はうす暗いという感じであり無理に脱出しようとすれば殴られるかもわからぬし、どんな危害を受けるかもしれぬという恐怖心が浮んだ」(犬飼証言)「その場の空気は非常に尖鋭で強引に帰ろうとしようものならどんなことされるかわからぬし組合のいう儘になるほかはなかつた」(同人の検察官調書)とそれぞれ供述し、被告人等組合員の行動によつて同課長等が畏怖心を生じたかどうかの点につき必ずしも一貫していない。
そして前記認定のように、当時被告人等組合員は特に喧騒したわけではなく、また不法な威力を示したことも見られなかつたのであるから、同課長等の右供述中に当時組合の残留要請に従わねば暴行等の危害を受けるかもしれないと畏怖した趣旨の部分は同課長等が本件の告訴人であり、かつ、会社側幹部という立場も手伝つての誇張的表現であるように思えるので信用し難い。
これを要するに本件脅迫の点はこれを認めるに足る証拠が十分でない。
次に不法監禁罪はその方法の有形的であると無形的であるとを問わず苟も人をして一定の場所から脱出することを事実上不能にした場可に成立するのであるから、右恐迫の点が認められないとしても訴因にいうように被告人等が三課長等を監視して事実上支店の構内からの脱出を不能ならしめた事実があるか否かの点を検討するのに、被告人等の当公廷における各供述、前記の証人山路芳雄、同犬飼貞男、同太田松亀内の各供述記載(公判調書)同馬渡礼次(第十九回公判調書)同松本民夫(第十三回同上)同堀義勝(同上)同前川孟(第十二回同上)の各供述記載、山路芳雄、犬飼貞男、太田松亀内、副島達生、森一正、久米文夫の検察官に対する各供述調書を綜合すると、山路等右三課長は十三日夜前記のとおり被告人八木、同横尾等を始め組合員から強い残留要請を受けたため帰宅をあきらめてその儘その場に(大広間)腰を下したところを見て右被告人等を含む組合員等は三課長を残して坐り込み場所である支店長室に引揚げた。
その後三課長はしばらく大広間に居たがその夜はストーブの暖があつた関係もあつてか支店長室で坐り込み中の組合員と共に仮眠し翌々十五日午後支店長等が出社するまで昼間は新館大広間で過し、夜は支店長室で寝るという状態であり、その間自宅その他との電話連絡は自由であり、用便その他のため室外に出る場合にも特に組合員が一々ついて来るというようなことはなく、十四日には警察官が来てその身分を告げてストの状況や食事、用便等の点につき尋ねられ、またその後同じ日に新聞記者とも会見して写真を撮られその都度これらの者に救出を依頼する機会があつたのにそのような依頼をしたことはなかつたこと、組合側坐り込み員も大体坐り込み場所として指定されていた支店長室に居たので自然三課長等と一緒に居ることが多かつたという関係で夜も同室で右課長等と一緒に寝ていたまでであつて、交代で夜も不寝番を設けて同課長等を監視していたというようなことはなく、十四日の如きは組合幹部は終日支店長次長の行方を捜すため殆んど外出し、坐り込み組合員も亦日曜日のこととて自由に市内に遊びに出たりして支店内は閑散な状態であつたことをそれぞれ認めることができる。
唯、三課長の退出を阻止するため、表裏門等に常時監視員を配置する等の措置を執つていたか否かについては、この点に関する本件の各証拠(物証を除く)は、十五日朝表裏門に組合員が数名位宛配置されていたという点で大体一致しているのみで十三日夜及び十四日にはどうであつたということについては区々に別れて判然しない。
証人山田袈裟雄、同池田光男(第十九回公判調書)「自分らは当時の夜警員であるが、十三日及び十四日の両夜支店の表裏門に監視者のような人がいたのは見かけなかつた」旨証言している。
前記三課長自身の証言についてみても「十三日小出係長脱出後は表口に人を置いて監視していたようであり、十四日は構内に一人、二人うろうろして我々を監視しているのを便所に行く時遠くから見た。
「十五日は表裏門に十人位番をしていた」(山路証言)「十四日便所に行く時何人かうろうろして遠方から監視していた、営業所に行つた時は誰もついてこなかつた、中庭に見張のような人がいるのを見たが表裏門に配置していたのは確認していない」(太田証言)「十三日夜、十四日夜は表裏門に見張がいた、但し入口のところまでいつて確認したのではない、便所に行つた時も離れたところから監視されていた」(犬飼証言)という風であつて(三課長の検察官調書も以上の証言と基本的にはその趣旨を同じくしている)少くとも十五日を除く表裏門の監視の事実は必ずしも明確でない。
一方この点に関し、訴因の記載に副うような趣旨の記載ある検察官調書を検討すると被告人馬場は「三課長を逃がさないように監視をせねばいかんぞという考えは組合員全部の者が持つていたと思う。
私も三課長を逃がしてはいかんから監視を厳重にせねばならんと考えていた、」三宅醇は「三課長が外に出る時は連絡をしてくれと坐り込み員に指示した」前川孟は「十二月十三日から十五日までの間における私達坐り込み要員の任務は会社側の三課長等が出かけようとする場合その行動を監視するとか、或は実力を行使してこれを阻止するということであつて、私もそのつもりではあつたが、実力で阻止することが許されるかどうかは疑問と思つていた(第二回)本人が帰るという場合に実力で阻止することにならねば効果はないが、私自身の気持としては、そのようなことは争議行為の行過ぎになるかどうかわからなかつたが常任等はどう考えていたかわからない(第一回)」副島達生「十三日夜は表裏門の受付や工務員控室に警戒員が置いてあり会社側の退出を阻止するようにしてあつた、しかし、強いて帰るという場合に実力でこれを阻止するかどうかについては深く考えていなかつた。
翌十四日も支店長室で三課長と対峠し組合員の一部でこれの張り番をしていた」岩永正は「十三日夜小出係長が消えてしまつた後は、便所に三課長が行くにも逃げないように見張つていた」とそれぞれ検察官に供述しているが、これらの供述は多少その表現を異にしているが、要するに山路等三課長が組合側の隙を退出しないよう見張り乃至監視をしていたか或はその考えを持つていたということにあるようである。
右副島、岩永供述の如くかような見張り乃至監視のための人員が配置されていたかどうかは前記のように反対証拠もあつて明確でないが、いずれにしても、かような事実は直ちにいわゆる監禁とは結びつかないのであつて、監禁のための見張り乃至監視ということであれば、当然三課長の退出を認めた場合に自ら又他の組合員と共に実力を行使してその退出を阻止することを予定していなければならないのであるが、右の各供述調書にはいずれもこの点にふれた供述記載部分がないのであつて、仮にあつてもこれを消極的に否定するか或はぼかしているところから判断すると右の各供述調書の監視乃至見張りという記載は監禁のためのそれではなく、三課長が退出するような場合に一応残留を要請するためその動静に注意していたか或はさような考えを持つていたという程度のことを意味するものと認むべきである。
なお、久米文夫、森一正の各検察官調書に前記認定の如く組合が十五日の給料日を迎えてスト賃差引問題につき、しきりに焦慮していた事実を併せて考えると、組合の執行部は同日朝坐り込み組合員に対し、表裏門に数名宛の見張員を配置し、当日会社側幹部が姿をあらわした場合に直ちに団交のためこれを支店長室に同道すべく見張を命じていた事実を認め得るので十五日朝右のように表裏門に見張り員を置いていた事実は三課長の退出阻止とは直接関係がないものというべく、これを要するに、以上の各事実によれば十三日夜以降十五日の午後までの間、前記三課長の退出を実力で阻止するため表裏門その他に人を配置してこれを監視していた事実は明確を欠いている。
そして、被告人八木、同横尾、同馬場等が他の組合員と共に三課長の退出を阻止する為、判示のようにこれに恐迫を加えた事実の証明は十分ではないのであるから、右三課長が判示期間中支店の構内から外部に出ることは全く不能でいわゆる監禁状態に在つたということは甚だ疑わしくなつてくるのである。
それなら、前記のように支店内に残留していた三課長は結局その自由意思で残つていたものと認むべきであろうか、被告人等の当公廷における各供述と前記山路等三課長の証言記載(当公廷)によると、同課長等は十二月十三日退社時間後も組合側が支店長、次長等を探すのにやつきになつており、一方当日出勤していた支店の各課長、係長等は次々と姿を消してしまつたので、組合側に対する「義理立て」「附合い」「気兼ね」といつたような気持から居残つていたのであるが、同夜十時半頃協議の上、無断で帰つては後日組合側との間に無用の摩擦が生ずるとの考慮から一応被告人等坐り込み組合員に退社の旨を告げたこと、右三課長等はいずれもスト賃差引業務を直接担当すべき地位にはなかつたこと、同夜居残るようになつてから十五日に至るまで三課長は、改めて一度も組合側に対して帰宅の申出をしたこともなく、また支店から退出を試みたこともなかつたことをそれぞれ認めることができるので、これらの事実を綜合して考察すれば山路等三課長はスト賃差引業務その他会社支店外でしなければならない用務はなく、特に帰宅を必要とする私相用件もなかつたため組合との摩擦を避けたい考えもあつて、その要請に従い不承不承ながら支店内に残留していたものと推察するのほかはないのであつて、これに反する右三課長の証言部分及び同人等の検察官調書中のこの点の供述記載部分はいずれも以上に認定した事実関係に照して信用し難いところである。
次に検察官は、不法監禁の訴因の証拠として電産佐賀県支部が十二月十三日午前十一時三十分下部分会等に対して発した「スト賃差引業務ができざるよう会社側をカン詰にせよ……」という指令(支部アヤメ、ツバメ五二号)を挙げており押検第一乃至第三号その他によつてこれを肯認することができるのでこの指令は恰もいわゆる監禁を命じた指命のように見えるけれども、山路等三課長は前記のようにスト賃差引業務には従事していなかつたのであるし、被告人等の当公廷における各供述、被告人等の検察官に対する各供述調書、証人久米文夫、同岩永正の各証言記載(第十五回公判調書)久米文夫の検察官に対する供述調書押被第十号及び第十一号の各指令を綜合すると、電産佐賀県支部は当時上部組織たる電産九州地方本部より「十五日の給料全額支払について徹底的な団交を行え」「スト賃計算並に差引業務を拒否せよ」という趣旨の指令を相次いで受けていたのでこの趣旨を下部分会等に通達するため、右の「支部アヤメ、ツバメ五二号指令」を発したものでその際不用意に「カン詰」という用語を使用したに過ぎず、従つてその趣旨は徹底的団交を要請するにあつたこと、これを受けた各営業所分会等においても所長等を相手としてスト賃問題について団交を行つた程度で、その間所長その他スト賃差引業務担当者等を監禁したという事例はなかつたことをそれぞれ認め得るから、右の指令を以て本件監禁訴因の立証(少くとも被告人等の犯意についての)とするには足りないというべきである。
なお、被告人宮田は、十二月十三日夜、被告人八木、同横尾、同馬場等組合員が前記三課長に対して支店に残留を求めた際これに加わつていなかつたようであるし(太田、犬飼両証人の証言記載)その後、同月十五日までの間に同課長等の起居した新館内に出入した事実はあるようであるが、この事実だけでは同被告人が訴因にいうように三課長を支店内から脱出不能にさして監禁するにつき被告人八木、同横尾、同馬場の三被告人及び坐り込み組合員等に加担したか否かは判然しない。
してみると、本件監禁の訴因は結局その客観的事実のみならず、犯意の点についてもこれを認めるに足る証明が十分でないから、刑事訴訟法第三百三十六条に従いこの点について無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する次第である。
(裁判長裁判官 岩崎光次 裁判官 木本楢雄 裁判官 西村四郎)
(注) 被告側は判決を不満として九月二十七日訟訴し、又、十月八日、不法監禁が無罪になつている等の理由で、検察庁より検事訟訴が行われた。